鏡島弘法:乙津寺(梅寺)

 岐阜市鏡島の古刹「乙津寺(おっしんじ)」さんをご紹介致します。
 この寺院名を聞いても「えっ? どこ?」と言われる方が多いはず。しかし東海地方で「鏡島の弘法さん」と言えばピンとくることでしょう。正式名称は「瑞甲山 乙津寺」、「鏡島弘法」は通称、別の名で「梅寺」とも呼ばれています。
 境内には弘法大師自作尊像(日本三体の随一)、国の重要文化財(仏像=三体)を安置した「国宝安置殿」などがあります。
 撮影当日は“弘法大師杖の梅”を主に、満開となった紅梅・白梅の花が弥生の青空を彩っていました。


満開の白梅(庫裡前)

満開の紅梅(本堂前)

御神木(クスノキ)
 梅寺の名のごとく、境内には紅白様々な梅の木が植えられています。このほか、大木の御神木や銀杏にも目を引かれます。毎月21日に行われる催事には銀杏ご飯が振舞われ、1本の銀杏の木から1年分の銀杏を収穫できるそうです。
 延徳の年代(1489〜1500年)には、かの有名な連歌師:宗祇が訪れ、次の句を残しています。
  加賀しまはこと木も香ふ梅の寺


弘法大師杖の梅

白梅と本堂
 弘法大師(=空海)が散杖の梅を差し「仏法此の地に栄えばこの杖に枝葉も栄ゆべし」と語られたところ、後に枝を生じて葉が出たことから、乙津寺は「梅寺」とも呼ばれるようになったそうです。


国宝安置殿

不動尊への廊下
 木造十一面千手観音立像・木造毘沙門天立像・木造韋駄天立像の三体が国の重要文化財に指定され、国宝安置殿(=写真左)に安置されています。


山門(表門)

寺務所
表山門を通り左へ、寺務所(=写真右)でローソクとお線香を求め、参詣する方々の姿を幾度も見かけられました。

●乙津寺の由来
 奈良時代738(天平10)年、行基菩薩が草庵を開創し、自ら十一面千手観音像を彫り安置。後の813(弘仁4)年、弘法大師が嵯峨天皇の勅命を奉じて鏡島の地に赴き、翌814(弘仁5)年に「乙津寺」と名付け七堂伽藍塔頭五ケ寺鎮守等を多数造営。当時は真言宗の大寺院であった。
 1545(天文14)年には妙心寺:孤岫宗峻禅師を招き、禅密兼学の道場とした。以後、臨済宗妙心寺派の寺院として現在に至る。
 1958(昭和33)年完成の大師堂には天井画、1968(昭和43)年再建書院には抽象画17枚が、それぞれ日本芸術院会員:堂本印象氏より寄進されている。また同氏は、1972(昭和47)年に不動尊像の寄進もされている。
 乙津寺には、開創以来「病気封じ」「子ども虫封じ」の秘法があるそうです。ご希望の方は住宅入口の敷居外のよく踏む土を持参して下さい。
●お問合せ● 瑞甲山 乙津寺(おっしんじ)
岐阜県岐阜市鏡島 TEL.058-252-2062




【CIデザインむらいからコメント】
 日本厄除け三弘法の一寺「乙津寺(鏡島弘法)さん」の掲載に関して、乙津寺:宮部様にはご厚情を賜りました。深く感謝を申し上げます。乙津寺さんのすぐ近く、毎月21日に行われる“小紅の渡し”は長良川に残る唯一の渡し舟で、古き良き風情を味わえるそうです。
 掲載の写真は2006年3月に撮影させて頂いたものです。
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